神の領域

先週金曜、マドリード守護聖人サン・イシドロの祝日の朝。ツレに「ちょっとガッカリしてみるわ」と言い置いて、トイレに入った。手には妊娠検査キット。5分後、ツレと一緒にウィンドウを覗いてみる。「チャチャーン!」 結果は、ポジティブ。えっ、妊娠!? …やったー!!!

じゃあ予定日が来年の1月後半だね、あっ旅行の予定どうしよっか、ベビーベッドどこにかたしてたっけ、名前どーするー? また無痛分娩がいいなあ。モニカ先生まだやってるかな。ニーニャ、動揺するかな。まあとにかくなんせ。うれしいねー。もうひとりできた、とわかった瞬間、ぐっと視野が広がった気がした。これまで「ママ・パパ・ニーニャ」の三角形だったのが、「ママ・パパ・ニーニャ・もひとり」の四角形。「なんか、いいねー。ね、気が早いけど、こうなりゃぜひ3人目も、」とツレに言ったら頭をはたかれた、笑顔で。

連休で病院の予約受付も休み。ウキウキしながら週末を過ごし、月曜朝イチで前回お世話になったクリニックに予約。でも取れたのが来週。念のため、近くのクリニックで火曜午前の予約も取っておく。日本の両親には、病院での妊娠判定後に連絡することに。ディエゴのママのエバにだけ、「まだこれが喜びとなるか、途中で悲しみとなるかわからないけど、私の人生を分かち合ってもらっていい?」と前置きして話した。「おめでと! 最高!! 2人目って楽しめそうよね。そうだ、ディエゴのお下がり、とっとかなくちゃ!」


その夜、少しだけ出血があった。念のため、救急病院へ。行く途中で、前回も初期に少量の出血が続いたことを思い出す。んで3ヶ月、安静にしてたんだ。そーだったそーだった。ということで、ちょっと診てもらって妊娠が確定すれば儲けもの、くらいの気分。ドキドキしながらエコー検査。でも「まだ早すぎて、なにも見えない」。妊娠の5週と3日。前回はこれくらいで、お豆みたいな袋は見えたのになー。残念。安静を言い渡されて、帰宅。

火曜午前、クリニックに行く準備をしていると、出血がひどくなってきた。お腹もちょっと重い生理痛くらい、痛い、というか、違和感がある。前日「なんだ、買いすぎちゃったよ」と笑っていた生理用品をつけて、家を出る。おじいちゃん先生に状態を伝えるが、「どうせまだエコーやってもよう見えんのでな、再来週またおいで」とだけ言われて、内診もなしで帰された。

午後、保育園でニーニャをピックアップ。初めて本人が「おうち・ノー! キエロ・いく!(このまま家に帰らず、ディエゴの家で遊んでいく!)」と訴えて、直接ディエゴ宅にお邪魔。途中でお兄ちゃんのウィリーが帰宅。今日は彼の11歳の誕生日。「ハッピバースデー!」の合唱の中、パパとママ、そして彼のもうひとりのママ(ウィリーはディエゴのパパと元の奥さんとの子。週の半分、こちらの家にいる)、私たちからのプレゼントを開ける。その時、わりとドバッと血が出た。そっとベランダに出て、ツレに電話する。

1時間後、ツレが到着。エバの言葉に甘え、ニーニャを置いて、ふたりで救急病院に。検査のため下着を外すと、ゼリー状の塊があった。エコーと内診もしたが、「見えない。わからない」。次は血液検査。結果が出るまで2時間かかるというので、ニーニャを迎えに帰る。エバに、思わず抱きつく。そんなふたりに、ニーニャが「ノー!」とダメ出し。ぶんむくれた顔に、大笑い。「カナのこと、頼んだわよ。守ってね」 ニーニャを抱いて家を出るツレの背中に、エバが何度も言っていた。

夜10時半、ニーニャはツレの腕のなか、不自由な格好で、汗で額に髪をはりつけて眠っている。私の名前が呼ばれた。診察室、の前の廊下で立ったままで結果を聞く。「流産しとるね。ほら、数値が低い」 そっかー…。「出血は2日くらいで終わるよ。その後、2回の月経を経たらまた妊娠できる」 ありがとうございました、礼を言って去る。ツレが泣きそうなのがわかった。私はだいじょうぶ。昨日、今日の午前、もういっぱい泣いてたから。


妊娠判明が金曜、流産判明が火曜、5日間の夢。終わってみればなんてことなくて、妊娠検査キットを使ってなければ、ただの「ちょっと遅れた生理」に過ぎなかっただろう。初期流産は10〜15%あるという。「うちらも動物やけん。自然淘汰ばい、当たり前のこと」 3人の子をもつ親友が以前、そう言っていた。

昨日、近所のクリニックに行く間際、なんとなくバッグに入れたのは『人生談義』(エピクテートス岩波文庫)だった。ひょっとして今回はダメかな、やっぱ流産かな。そんなの嫌だよ、なんとかなんないかな。なんとかなって! 破れそうなきもちでバスを待つ時間、開いたページにこう書いてあった。

何が私のものであり、何が私のものでないか、何が私に許され、何が私に許されてないかということ以外の一体何を(手もとに持っているべき−カナ註)だろうかね。私は死なねばならない。しかしそれだからとて嘆きながらそうせねばならないというのではあるまい。縛られねばならない。でもその上悲しみながらというのではあるまい。追放されねばならない。さればとて笑いながら、機嫌よくゆとりを持ってそうされるのを、人が妨げるというのではあるまい。(中略)それは私の権内にあるのだから。


ああそうだ。「ア・ディオス」、神のもとへと去りゆく子を、私は感謝で見送ることもできるのだ。そう思った瞬間、楽になった。そういえば、最初のエコー検査で妊娠が確認できない、待つしかないと言われたとき、ツレが言ったっけ。「なんか、神の領域やな」 妊娠も奇跡なら、無事に出産に至るのも奇跡。それはもう、神の領分。

今回、縁があって、やや子が一度、この腹に来てくれた。妊娠がわかったとき、すんごーく嬉しかった。その後、それがいなくなって悲しかったからって、あのときの喜びまで書き換える必要はないだろう。ありがとう、来てくれて。嬉しかった。すごく幸せだった! またね。縁があったら、また会おうね。

さあて、夏になったらまた大いに子作りするか!
長文失礼しました。