風が吹いたぞ、桶屋よ儲かれ!

先週ここのエントリーをアップした直後から始まった、ニーニャの発熱。あっそうだ、知っていれば少し安心する豆知識。喉の風邪は、かなり高熱が出ます。ニーニャも保育園を早退した翌木曜は終日39℃以上。それから下がって、また少し上がって下がって、でも食欲もなく不機嫌で甘えん坊な日が続き、今日でようやく90%くらい完調かな。高熱があるときは身体を休ませたいんだろう、食欲ないときは消化能力が落ちてるんだろう。いろいろ心配が頭をもたげてきて先手をうちたいのを「子どもの生命力に委ねよう。まあ、死なないでしょ」と強がりいって押さえつけてます。なんちて、「白い尿が出た!」と慌てふためいて救急病院に駆け込んだりしてるんですが。*1

その前後に読んでいたのは、『「待つ」ということ』(鷲田清一角川選書)。初々さんお薦めの本で、たまたまホッチキスさんも、24時間保育園開園中だった頃に切実な思いで読まれていたとのこと。著者は、最近内田樹師匠との共著も出している哲学家。「焦らずに向こうから来るもんを期待せず待つんや」という話を、「あーわけわからんよう!」と焦りながら読み進むという、てんで間違った読み方をしていたのだけど、痴呆ケアにかんする章で、ぴたりときもちが貼りついた。


赤ちゃんも痴呆老人も、「待つ」ができない。彼らに時間はそう順序だって粛々とは流れていない。いまなければ、ない。彼らの不安や苛立ちはそこから(も)くる。そんな彼らに寄り添う、こちらは「24時間、1年、過去未来」という秩序だった時間の住人である私たちは、げっそり疲れてしまう(ということを鷲田清一は書いてませんが、そう理解しました。以下も同様です)。

認知症のひとは、よく財布などを「盗られた」と言い立てる。これは、自分の「健忘」を認めないための、そうして自己同一性を確保するための、懸命な防御。このとき私たちはどうすべきか。2説ある。とにかくなんでもいいからそこに膠着してしまった当事者の気を逸らせること、一時しのぎでいいからはぐらかすこと、名づけて「パッシング・ケア」。もうひとつは、当事者に「呆け」という事実を理解させて、そのうえで共に善後策を考えること。自己決定型、とでもいうのかな。結局はそれが本人のためになるのだから……。というのはしかし、本当か。それは寄り添うひとが、自分を過大評価していないか。「私が、彼に、真実を教える」という言葉遣いの正しさよ、強さよ、冷たさよ。そうやって「正しく」問題を「解決」するのではなく、「先送りする」「なかったことにする」パッシング・ケアで、いいのではないか。

「逃げる」ではない。もっと大きくあたたかなものを信じて、祈りにも似た思いで、「期待」せずに「待つ」。そのために寄り添うひとは、それが降りてくる「場」を整えることを、愛情をもって誠実に行えばいいのではないか。介護や精神病の治療の場面では、「偶然による好転」が、しばしば起こるらしい。ちょうど帰省時にツレの実家で読んだ『子どもの宇宙』(河合隼雄岩波新書)にもそう書いてあった。丁寧に場を整えておく、するとそこに(おそらく「ライト・タイム、ライト・プレイス」で)、なにか「よきこと」が起こる。僥倖、奇跡、名前はなんでもいいや。ともかく強張った顔がフッとほどけるような、ささやかな、そして当事者にはいちばん切実にうれしいこと。


「ああ、これがいーなー」と、私は心底思ったです。大家族あるいは「場を構成する頭数の多いこと」への憧れは、そこにあるのかもしれない。私ではどうしようもないことを、誰かとか何かが、まったくそういう意図なしに、「偶然」やってくれるだろうという幻想。北京での蝶の羽ばたきがニューヨークで嵐になるのは、そのあいだに複雑ないろいろがあるからで、そうでなければ蝶の羽ばたきはいつまでも蝶の羽ばたきだ。だからニーニャのまわりをできるだけ丁寧に、ごちゃごちゃと、整えてみよう。風吹いたら儲かる桶屋がいる世界の方が、風が永劫に吹きすさぶ世界よりも、ずっと楽しそうだしね。「子育て」はできそうにない私でも、それならなんとかできるかもしれない。あとは私の計り知れない彼女の生命の勁さと、彼女と縁ある命のなせる「わざ」に委ねてしまおう。まあ、といっても私がいまんとこもっとも身近な「他の命」だから、そこそこ頑張るです。

なんて考えてみると、「いまはニーニャに解熱薬を与えずにもちっと様子を見よう」とか「水分不足だと思うから、ほうじ茶とイオン飲料とジュースと温かい牛乳とスープを用意したけど、どれもちっとも飲まないわ」とか「この内気で強情な娘の性格は外国でマイノリティーというしんどい環境にこの子を産んだ私たちのせいよね」とかいうときに、なんだかぐっと気が楽になるのでした。ハイ。

*1: 保育士のベレンが気を利かせて塗ってくれていた、お尻のかぶれ防止クリームでした。現在知られている限り、人体から白い尿は出ません。