自称日本人、帰国中

「あいた。雨の降ってきたごたる」と庭につづく隣の居間から父の声がする、ここは長崎県諫早市ケッペンの気候区分でCfa(温暖湿潤気候)あるいは前川清の曲「長崎は今日も」を証明するかのごとく、今日は雨になりそうです。

いや、遠かった。日曜の朝7時にマドリードの家を出て、10時の飛行機に乗り、ヘルシンキまで5時間。この長距離フライトを両親の膝の上というごく不快な状況で過ごさなければならなかったニーニャは、国外旅行4度目にして初めて号泣大爆発。とっておきのワンワンぬいぐるみを渡しても真っ赤な顔で投げ捨て、拳を振り上げ「ゴー!」と涙の抗議。しかし上空1万メートル満席の飛行機で、なすすべもなし。すでに薄暮ヘルシンキに着陸したときには、ツレとふたり精神的にかなりまいった状態だった。

ここで待ち時間が5時間。ニーニャいわく「バカちゃん」(ほんとはムーミン。娘は「カバ」と認識し、さらに間違えて発音している)のグッズを買ってみたり、キッズ用プレイルームで遊んだりしてなんとか時間をつぶす。疲れ果ててソファで眠る娘を抱えて、関空行きの便に搭乗。今度は最前列で、娘が立つスペースがあったことが幸いしたのか、わりと落ち着いた状態。ベビーミールのサービスがなかったので、機内食を分け合って食べる。ないといえば、安さが自慢のフィンエアー、いまどきパーソナルモニターもない(路線によってはあるらしい)。目の前の大型スクリーンの光が気になりつつも、腹がくちくなったニーニャ、私たちの足元にめいっぱい敷いたオムツ換えシートの上で5時間ほど寝る。とりあえずフルフラットだもんね。なお、「うっかり足を動かすとニーニャを踏む」状態の私たちはまったく眠れず。

こうして関西空港に着いたのが翌月曜の正午、つまり日曜の朝に起きてからちょうど24時間後。その後、「じいじ・ばあば」と「ワンワン(リアル)」の待つ和歌山のツレの実家へ。なんとなく昼寝のタイミングを逃し、ニーニャと私は午後7時に就寝。午後9時、念願の10年ぶりの阪神戦テレビ生中継のため死ぬ気で起きていたツレが「終わった……」とつぶやきながら布団に倒れこむ。そして翌火曜の昼食後、往復1500円の橋を渡って再び関空に行き、福岡まで飛び、地下鉄で移動し、博多から特急かもめに乗り込んで私の実家のある諌早に着いたのが午後7時半。ここで4泊。の、今日が2日目。


前回の帰国は生後9ヶ月の時。まだ離乳食も開始前で、歩行どころかたいしてハイハイもしていなかったニーニャは、おっぱいを飲んでは寝るだけ。長距離旅行の負担などまったくないように見えた。ところが今回は、精神的にも肉体的にもかなりしんどかったよう。初日の和歌山では、夜10時に咳き込みながら起きたと思ったら大量に嘔吐。わんわん泣くのを落ち着かせて1時間後くらいにようやく寝た、と思ったら、3時間後にまた目覚め、今度は背中から腕までに飛び散る大量かつ重度の、なんというか、水様排泄。その後また2時間ほど寝られず、起きたのは正午。時差ぼけもあるのかもしれない。そして和歌山から長崎まで移動した昨日の深夜も、やはり消化できなかったごはんを山のように吐く。明け方にようやく熟睡し、午前11時の現在も起きてこない。

ああ、ものすごい負担かけてしまってるんだな……。「赤ちゃんは却って大丈夫」なんてうそぶいてて、ごめんよ。すっかり人見知りもせず「じーちゃん」なんて言えるようになってたから忘れてたけど、君はまだ1歳の、ちっちゃなちっちゃな身体の幼子なんだよなあ。関空から福岡までの飛行機に乗り込んだら、「また?」みたいな顔でこちらを見て、そしてなにかすごく諦めたような表情をみせたとき、親の仕事の都合に合わせたこの強行日程を心底悔やんだ。福岡まで1時間、と私たちはわかるけど、娘にわかるわけない。それに、もしわかったとしても、小学生のときの親戚の法事や算数の授業の「1時間」が永遠のように長かったことを考えると、かなりしんどいことに変わりはないだろう。

1年に1度、ほんの数日しか会えない孫を首を長くして(そしてエアコンを買い、畳を変えて)待ってくれていたジジババには悪いのだけど、せめてできるだけいっぱい寝て、ゆっくりして、体調を戻してちょうだいね。

ところで日本の国内線では、赤ちゃん用のシートベルトやライフジャケットはない、と言われた。これまで搭乗したヨーロッパ内あるいは国際線では、大人のシートベルトに通す小さなベルト、つまり8の字型の輪っかのそれぞれの○に大人と赤ちゃんが入る様式のシートベルト着用を義務付けられたし、ライフジャケットや酸素マスクも必ず確認されたので、けっこう驚いた。その一方で、国内線で赤ちゃんにくれるおもちゃの出来や種類の多さや、またドリンクのコップにストローつきのフタをしてくれるような細やかさにもまた、感嘆したのだけれど。そういうのひっくるめて「日本だなあ」と、在外10年「なんちゃって日本人」の私はびっくりしているところです。なんせ、目の前を歩いていた子どもに、忙しげなおじさんがぶつかろうとしたとき、大声で「クイダーオ!」(気をつけて!)と叫んだくらいなので。なにじんだよ……。