しばらくお休みをいただきます

気がつけば3月も終わり、もうすぐ年度が変わりますね。実は来年度から少し余裕がなくなりそうなので、「7人のサプライ(ズ)」をしばらくの間お休みさせて頂こうと思います。また新しい生活のリズムが整って余裕ができたら、ぼちぼちと更新していきたいと思っておりますのでよろしくお願いします〜。

来年度から余裕がなくなる理由は、もちろん私の大学院進学というのもあるのですが、それと同時に細々と続けている仕事を増やすことにしたせいでもあります。これに関しては本当に頭が痛くなるほど悩んだのですが、結果的には周囲に後押しされて「ええい」と飛び込んでみることにしたという感じです。まぁこういういわゆるライフワーク(ソーシャル)バランス的な悩みというのは悠長といえば悠長で、「選択できる」というだけで恵まれていると言え、おまけにうんうん唸って頭の中で考えていたって結論は出ないという「悩んだだけ損」なことでもあります。それなのに悩まずにはいられないというのが余計に悩ましいのですが、悩んでみて「自分が何を考えているのか」(=何を優先に考えているのか)ということや、自分の傾向なんかがはっきりと見えてきて、興味深くもありました。

当初私は仕事を増やすつもりは全くなかったのですが、雇用主に「臨床の力をもっとつけるためにも、勤務を増やしたら」ということを再三説得されるうちにほとんど固まっていた気持ちが揺れてきました。それでも「学校もあるし、家庭もあるし、うにゃうにゃうにゃ」とノラリクラリしていたのですが、そのうちに「なんでそんなに逃げ腰なんだ〜。自己評価が低すぎる。」と言われて…ドキリ。グキリ。そうなんですよね、子育てでも同じ壁にぶち当たり続けているのですが、私は自分の能力を過小評価した上で限界を自ら設定し、その中でやりくりしようとしてしまう傾向があるのです。つまり「慎重で、無理をしない」…でもそうやってしまうと、自分の能力以上の力を発揮する機会は奪われますし、自分の能力を押し広げていくこともできない。それに、やってみれば自分が想像すらしていなかった思いがけない力(自分の力、他者の力)が働く可能性だってあるというのに、二の足を踏んでしまうんですねぇ…それが全面的に悪いというわけではもちろんありませんし、人間なんてそう改心しても本来の傾向を変えることなんてできませんから、「その傾向とともに生きていくよりほかない」のも事実。しかし、今回はまぁいろんな外力が働いて、「その傾向を相変わらず持ちつつも、飛び込んで」しまいました。おぉ、どうなることやら。その気持ちの変化の過程については「京都生活手帖」に詳細を記録していますので、興味のある方はお読みください。

・・・とうだうだ言ってないで、とにかくやってみます。どんな「予想もしなかった」力が働くか、楽しみにしていてください。奮発できるかな〜?