脱イコール宣言!

 カナさん、帰ってきたでしょうか。いまどこにいるのかな。

 昨日、私の友だちが赤ちゃんを産みました。小中学校の同級生なので、ま、39歳ですわな。がんばったなぁ。彼女とは、まさに子どものころからの付き合いなので、いま「39歳」が目の前にいても、どこかに子どものころの姿が漂います。それがお互い、さらに子どもを産んだりしているので、年月を生きるというのは、非常に妙味のあることだと思わざるを得ません。なんというか、彼女は私にとって、同じ歳の人でもあり、子どものころの姿が見える人でもあるので、ちょっと時空をずらすと、子どもが子どもを産んだみたいな気がして、ものすごく変な話ですが、彼女の子は「孫」みたいな感覚さえ湧いてきたんです。孫もいないどころか、自分の子どもはまだ3歳なので、ほんと、変な話ですけど。
 ちなみに私ら、いま話題の「のりピー」と同学年。他にも、将棋の羽生さんとか、テニスのクルム伊達さんとか、オウムで逮捕された人とか、いろんな「同級生」がいます。

 そんなことはどうでもいいんですけど、今日は「『イコール』っていうのは、やっかいだな」ということを記しておきたいと思います。イコール、つまり、あるものとあるものが、ストレートに結ばれること。原因と結果を、1対1にしてしまうこと。たとえば「私が冷たい麦茶を飲ませた」から「子どもが殺人犯になった」というようなことです。(この、とんでもない例は、ずーーーっと昔のエントリーで書いたと思います。ほんとにこんなこと書いてある「正しい子育て」サイトがあったりするんですよ…)まぁ、「冷たい麦茶=殺人犯」は極端だとしても、冷静に考えれば「思い詰め過ぎだろ」ってわかるような「イコールごころ」が、慣れない母親には次々と湧いてくるもんだと思います。「私が○○しちゃったから、赤ちゃんが△△になっちゃったんだ」「私が◆◆してやらなかったから、子どもが◎◎なんだ」などなど。もちろん、妊娠中に酒やタバコをガンガン摂取、ってのは論外だとしても、あんまりいろんなものをイコールでくっつけすぎると、どんどん窮屈になっていくのではないでしょうか。
 妊娠中や出産後のお母さんは、ぼんやりしてるし、思考の視野も狭いし、一人目の時なんてそりゃーもう死ぬほど手探り状態で余裕のない、つまりはおバカちゃんなので、ついつい「A=B」という罠にはまりやすい。多すぎる情報の渦の中、「良い子育て」を!と思えば思うほど「イコール地獄」に陥りやすい気がします。そしてこの不安煽動型消費社会では、かなりの確率で、「A=B、だからCをどうぞ!(Cができない、買えない人は失格です)」という図式になっています。
 今朝、5歳と2歳の男の子を絞め殺したお母さんのニュースがあってました。「5歳と2歳(しかも男!)」まで育てられたというのに、育児に追いつめられたそうです。なにが彼女を追いつめたんだろう。私から見たら「5歳と2歳まで男の子を育てた」っていうだけで、無条件に立派なのに。でも、彼女は「もうダメだ」と思ってしまった。
 ほとんどのこと同士は、イコールでなんて結ばれない。ものすごくたくさんの要因があって、現象というのは起きている。むやみやたらな「イコール」は、むやみやたらな「正しさ」とおなじく、誰も幸せにしないのではないでしょうか。

 携帯の画面に映る友だちの赤ちゃんの顔には、まだどんな「イコール」もくっつけてない、ほやほやの輝きがありました。