盆に返らぬ覆水が描き出すもの。

 凶事を、いかに吉とみなすか。

 それこそが、多動系幼児を育てる上での、習得すべき心構えではないか? そんなできごとが起こってしまいました。その数日後、TVに出ていた西原理恵子さんが「男の子を育てるにあたって大切にしていることは?」と聞かれて「車にひかれなきゃいい」と答えておられるのを見て、心の底からうなずきました。そういえば前日の保育園の連絡帳には「テンションが上がりすぎて自分を抑えられないことがあります。ケガにつながらなければいいのですが」と書かれていました。それは予言だったのでしょうか?
 ということで、常にスーパーターボがかかりっぱなしのヒコ氏。私の実家の2段ベッドの上の段から飛び降りて、前歯が2本、吹っ飛びました。そのベッドの高さはと言えば、かつてそこで寝ていた私が、「下りるのがめんどくさい時にいいかも」と、一度飛び降りてみて、あまりに「じーん」としてしばらくうずくまり、やめたくらいの高さです。まさかまさか、3歳児が飛び降りてみようと思うなんて、想像もしないくらいの、です。でも彼は飛び降りました。詳しくは私の日記、11月25日の後半部分をご覧ください(http://www.enpitu.ne.jp/usr6/bin/day?id=61671&pg=20081125)。

 起こってしまったことは、もうどうしようもない。飛んでしまったものは、どうしようもない。抜けた歯も戻らない。でも、その凶事によって、これまでは漠然と享受していた恵みに、輪郭が与えられるのではないだろうか。
 正直なところ、毎日ヒコと過ごすのは疲れます。かわいいですけど、おもしろいですけど、単純な問題として疲れます。ずーっとハイテンションで動きまくり、喋りまくり、夜寝る前には、さらにテンションが上がり、意味もなく「うおーーー!」っと叫んだり、噛み付いてきたりします。「アラフォー」って言うんですか?もはや若くない私らには、なかなか酷です。虐待する人の気持ち?ええ!わかりますとも。でも、ヒコはヒコしかいない。飛んでも、折れても、抜けても、ヒコはヒコ。私が産んだから、っていうのとは、ちょっと違う…今んとこ、彼にとっていちばん縁が太い人間だから、とにかくそばにいるし、そばにいれば、いいことも悪いことも最大級にやってくる、という感じでしょうか。縁深く大好きな人のそばにいられるというのは、ましてやザブザブ抱っこできるというのは、人生の中でも、そうそうない幸せな時期なはず…ということは、疲れれば疲れるほど忘れる。疲れるのは仕方ないけど、「忘れる沸点」を高く設定することはできるかもしれない。
 今回の「吹っ飛び事件」は、これから起こりうる「凶事」を予感させるにあまりあるものでしたが、「沸点」は間違いなく上げてくれました。ヒコという人が、いま、自分の近くにいてくれることが、なんとまぁすごいことなんだろうか。
 悪いことは、もちろん起こらないほうがいい。だけど、起こってしまったら、できるだけいい形で「成仏」させたい。実に見事に、抜いたみたいに抜けた2本の歯を見るだに、今ではむしろ、これで良かったんだと思えます。日記にも書いてますが、ほんとに、歯2本で済んで良かったと思います。見えない誰かが、なにかのために抜いてくれたのではないかとさえ。